来たバスに飛び乗って

上野松坂屋行き

 

その文字を見て無性に上野に行きたくなった。

今日は大学の授業もない。それに外はこんなに晴れている。よし、行こう。

帰り道とは逆方向のバスに、私は迷わず飛び乗った。

テスト期間だというのに、それもしっかり勉強しないといけないテストを控えているというのに、一体何をしているのだろう。

そんなことをぼんやりと考えながら、心地よく揺れるバスに身を任せた。

何もないはずの水曜日。

三限のオンライン授業を一緒に受けていたクラスメイトはまさか私が今頃上野に向かっているとは思いもしないだろう。

きっとリスニング課題のピンインでも書いている頃だ。あるいはオンライン授業のURLを開いたままネットニュースでも眺めている頃だろう。

日常から抜け出したような、そんな身軽さが少し誇らしかった。

やがて終点の上野松坂屋に着いた。

上野公園に行く場合そのひとつ前の停留所が最寄りなのだが、どうしても上野松坂屋で降りたかったので一区間分歩くことにした。

それにしても暑い。照り付けるような日差しに早くも一駅先で降りたことを後悔しそうになる。しかしここでへばる訳にはいかない。目指すは上野公園だ。

なんとか公園にたどり着き、驚いた。予想よりもたくさんの人が群がっている。

どうやら蓮の時期だったらしい。

覗いてみると確かに綺麗な花が咲いていた。鮮やかな緑に突然浮かぶ上品な花はどこまでも洗練された感じがした。少し気分も涼むようだ。

蓮池を横目にさらに真っ直ぐ、先を目指して歩き続ける。

白鳥のボートを超え 神社を超え 動物園の入り口を超え

二回ほど本気で帰ろうかと思いつつ

やっと着いた。

ここは、噴水の前。

木陰が広がる休憩場所だ。水遊びをする子供たちも、サイクリングをする人も、美術館に行くお年寄りも、スターバックスを飲みに来た若いカップルも、いろんな人がいる。

ここからの景色を眺めていると、本当に平和だなあと思う。

何も起こらないけど、いろんな人の日常がこの噴水前で交わっていて、不思議な気持ちになる。

こうして何をするでもなく日常を抜け出して、日常に触れること

何のために、って。友達に言ったら笑われるだろう。

でも、こんな時間がとても愛おしい。

そよ風に吹かれながら、単語帳を開く。

こんな所には危機感や緊張感というものが無いから全く効率は良くないのだが、やらないよりはましだろう。

それよりも、こうして公園にいることの方が大事なのだ。

SNSの通知も面倒くさくなって、WIFIをオフにしてしまう。どうせ携帯の充電も少ない。充電が無くなったと思えばなんでもない。

しばらくの間、地面の所々に埋まっているベンチらしき変な形の石に腰かけて勉強をした。

四時になると家族連れがぞろぞろと帰り始める。

噴水の前で談笑していた人たちも腰を上げ始める。

もう少しだけ残っていよう。

五時半に完全に携帯の充電が無くなった。

腕時計を忘れたので時間が分からなくなった。

空の色合いと町の空気感的に六時を回っただろうか。

急にノスタルジックな雰囲気になって、なんだか寂しくなった。

夜ごはんもこの辺りで食べて帰ろうかと思っていたが、やっぱり夕方は家に帰る時間なのだ。私も帰宅の流れに混ざった。

歩き疲れて足が重い。

ゆっくりと家路を歩きながら、ああ行ってよかったなと思った。